その国は貧しく、海から捕れる海産物を隣国へと輸出し、僅かな穀物を得て細々と生きながらえてきた。
彼女は、そんな貧しく小さな国にて産声を上げた。
父は国王でありながら、その温和で人懐こい性格により、国民より慕われ、 母は妃でありながら、身分で人を判断すること無く、美しい容貌も相まって、その笑顔は誰からも好かれていた。
そんな両親の子供である彼女は、父の人懐こさと母の美しい容姿を受け継ぎ、誰からも慕われ、誰からも好かれる子となった。
彼女はとても聡明で、自分の身分がどういったものであるのか、どういう立場であるのか、どうすればいいのかを幼い頃より理解していた。
自由がないと悲観したことはあれども、それ以上に自分に課せられた使命を理解していた。
だからこそ彼女は、自分の思考を妄想の世界に飛ばすことを好んだ。
万の空を駆け、万の陸を進み、万の海を渡る。数えきれない魔物を倒し、数えきれない人々を救う。
そんな、どこにでもある英雄譚を好んだ。
誰にも見つからないように、密かに作った木剣を部屋で振り回し、妄想の竜と部屋で戦ったこともある。自分には素養がないと知ってはいたものの、魔導書を読み、呪文を真似てみたこともある。
どれも子供の遊びでしか無かったが、その時だけは、彼女は小さな国の王女ではなく、救国の勇者だった。
そんな彼女も歳を重ね、子供の遊びから遠ざかっていったある日、唐突に悲劇が襲う。
流行り病が、彼女の両親をこの世から奪っていったのだ。
国を納める二人が同時に消え、国民の誰もが悲観し、絶望した。
だが、彼女だけは絶望せず、油断すると涙を流しそうになる瞳を見開き、前を見つめていた。
この瞬間、彼女は女王となった。
女王となった彼女は、絶望に打ちひしがれる国民を尻目に、国の立て直しを計った。
彼女は有能で、聡明であった。一を知り、十を発することが出来た。だが、絶望に打ちひしがれた国民は誰一人として動かず、結果、彼女は失敗を続ける。
こうして、時間が経てば経つほどに悪くなる国の情勢に国民が不満をたぎらせ、今にも爆発しかねない状態となったある日、女王の命により、国民が集められた。
誰もが口々に悪態を吐き出す中、女王は皆の前に立ち、集まった人々をぐるりと見渡す。
女王が現れた事により、最初は誰もが静かであった。だが、耐え切れ無くなった一人がぼそりと小さく、女王への不満を口にする。
まるでそれが関だったかのごとく、不満の声は広がり、怒号となって女王を襲う。
女王を守る兵に緊張が走り、今にも暴徒となり女王を襲いかねない民衆を拘束しようと動こうとした時、女王は口を開いた。
先ほどまでの怒号が少しずつ、少しずつ、波紋が広がるように静かになる中、女王は言葉を続ける。
自分は無能であると。自分を許せないと。不甲斐ないと。何一つ出来ないと。申し訳ないと。無力だと。
最後に彼女は、両親を失った時も流さなかった涙を流し、人々に言った。
「誰か私を助けてください」
国を治める者の、情け無く、恥知らずな願いを。両の肩を震わせ、むせび泣く彼女の姿を、国民の誰もが聞き、静かに見つめた。
数えきれない不満も、怒りに振り上げた拳も確かにある。だが、自分たちの目の前で力なく震え、泣いている少女も確かにそこにいて、助けを求めている。
他の誰でもない、自分たちに助けを求めている。
一人、また一人、振り上げた拳を下ろし、一人、また一人、女王という重荷を背負わされた少女の力になろうと胸の中に刻み込んだ。
この日が転機となり、大きく国は変わることとなった。
力なき女王は、国民という協力者を得、その才能を遺憾無く発揮した。
一を知り、十を発する女王の案を、百の民が動き実現していく。狂った歯車は正常に噛み合い、理想へと進む。
こうして数年の月日が経ち、不毛の地であった場所は肥沃な農地へと変わり、海からの恵みだけではなく、大地からの恵みも多く受けることとなった。
豊かになった国には自然と人が溢れ、更なる恵みと豊かさを与えてくれた。
そんな日々の中、彼女は一人の男と恋をする。相手は、以前より交流のあった海の向こうにある国の王。
彼は彼女へと熱い想いを幾度も語り、彼女も彼へと熱い想いを幾度も語り、二つの国の交流は永遠のものであると約束した。
そして彼女は出会う。
そして彼女は向かう。
物言わぬ骸となった民の前で女王は祈る。
愛しい彼が悲しみませんように。
燃える城の中で女王は願う。
悲しい彼女達が希望に満ちた未来を歩みますように。
どうか世界が平和でありますように。
さようなら。